本文とは関係ありませんが日曜日の朝 ロンドンは雪。
金曜日は気温もあがって春がきたかと思ったのに。
その金曜日に、めずらしく、ロンドンの’話題の’レストランに行きました。
ロンドン中心部、老舗の高級ブランドや王室御用達店が並ぶ通りに、
昨年末鳴り物入りでオープンした日本料理の高級レストラン。
レストラン紹介については、
私の友人で、英国の食のトレンド通のライターにお任せ。
彼女が日本の雑誌に紹介した記事と、店内の写真は
こちらです。
記事の中にもあるように、
これまでロンドンで様々なトレンドを仕掛けた名物プロデューサーの最新作。
彼の腕は「食に対するイギリスの既存の概念を変えた」ところにあります。
たとえばディナーといえば、テーブルを囲んで、
前菜/メイン/デザートで2時間、という概念を、
日本の食堂のような大テーブルで、麺を食べる気楽なスタイルに。
異文化のエッセンスを、トレンディにお洒落に受け入れさせる。
これって簡単そうで、難しいことです。
10年前に日本から来たばかりの私は、彼の店に連れて行かれても、
何がお洒落に見えるのかもわからず、
茹で過ぎの麺を美味しいと喜ぶ友人が不思議でなりませんでした。
私にとっては「日本のようで日本ではない」微妙さが心地悪い。
かといって、いきなり日本のそのまんまを持って来ても、相手には伝わらない。
それまでの駐在員のたまり場のような和食屋では、
中途半端な和風の飾りが、お洒落とはとても言えなかったり、
何かワケありで海外に居るらしい日本人のおっさんが経営してたりして、
バランスのいい店は少なかったのです。
彼の店の特徴は「トレンディ」であり、「高品質な食の追求」ではありません。
でもこの10年ちょっとで「お箸で食べるのはお洒落だ」という感覚が広まり、
最初は茹で過ぎ麺でも、もっと美味しいもの食べてみようという人が出る。
この流れをつくった立役者として、このプロデューサーの功績は大きい。
その国の人にとって、何が面白いのか理解できる。
違う文化の、何がどこまで受け入れられるかわかっている。
既存の概念を、ちょっとだけ引っくり返し、びっくりするけど安全圏。
この頃合いは、私の「本業」においても課題です。
ということでレストラン訪問です。
金曜日の夜ですし、お洒落して出かけましょう。
その体験について、長くなりますが
読む方はこちら。
金曜日の夜の予約がとれたのは奇跡的ですが、
「6時半か9時45分しかあいていない」と言われます。
一般的には8時から8時半がピークなので、
早すぎるか、遅すぎるか、の選択ですが、とりあえず6時半に。
後日確認の電話も入るほど、大人気のようです。
まず到着すると、受付で
「実はガスが壊れていて、調理ができない。修理に1時間かかる」
と言われます。
日本料理店といっても、ここはイギリスだ、と感じるパンチ。
’直らないかも’という可能性もあります。
こういう際、日本だと「平謝り」体制になるでしょうが、
イギリスだと謝るものの、根底にあるのは「私たちのせいじゃない」です。
「よくあること、しかたないよね、わかってね」なので、
文句をいったり、さわいだりするのは野暮とされます。
まあ、どっちみち「早すぎる」予約なので、バーへ。
このバーは開店当時「日本酒しか置いていない」ことが話題でしたが、
やはり客から文句がでたのか、ワインリストもありました。
日本酒のおすすめをきくと、「杉」とのこと。
下戸の私は「リンゴとレモングラス ウーロン茶割」(美味しい)
「待つ」にはイギリスで散々ならされているのですが、
そもそも「修理人が来るまで1時間」だったらしく、
「やっと来たので、更に30分」と言われます。
そろそろお腹もすいてきました。
ここで、どうしても「日本だったらどうするかな?」と思ってしまいます。
無料のドリンクやおつまみが出るかな?
ウエイトレスのひとりが、
「寿司や刺身などのコールドミールは食べられるから、
テーブル席にどう?」ときいてきます。
寿司は食べれても、お吸い物はないだろう…
うーむ、ここで客を逃さず食事代を出させるつもりか?
…と、待つ事2時間。
ガスが復活する可能性が高まったので、テーブル席に移動。
靴を脱いで、掘りごたつ風の卓を囲む、がウリですが、
私たちは、普通のテーブル。
天ぷら、寿司、刺身など、海外でもおなじみのメニューに加え、
肉じゃが、山芋、あんこうの唐揚げ、ちゃんこ鍋などが珍しい。
要するに「居酒屋」のメニューです。
でも、つきあげ1品約千円、
あんこうの唐揚げはたった3つで12ポンド、つまり三千円。
「居酒屋のメニューを、料亭の値段で出す」店ですね。
ここ思い出すのは、スペイン人の同僚の話です。
私も大のお気に入りのスペイン料理のレストランは、
内装もかわいく、食事も美味しいし、ロンドンでは大人気です。
でもスペイン人の同僚たちは、まず行きません。
「タパスが食事みたいに出て来て、法外に高い」という。
まさに居酒屋の料理が料亭に昇格しているからですね。
そうこうメニューを吟味している間に、
「ガスがつきました!」と、心からほっとしたマネジャーの声。
2時間遅れの予約、どう対処しているのかはわかりません。
私たちは、山芋やごま豆腐などのつきだしに、
焼いたタラバ蟹、牛肉の味噌煮込み、
タラの炊き込みご飯などを頼みます。
確かにロンドンでは珍しい素材のものがあり、ちょっと楽しみ。
盛りつけもきれいだし、ごはんは釜飯風にショーアップ。
味も、ロンドンの和食としては本格的で、繊細で美味しい。
でも「ロンドンで」と敢えてつけるのは、
日本だったらある程度の店にいけば食べられる味だからです。
デザートはちょっと技があって、梅酒のゼリーや、シソのスフレなど。
でもコーヒーの代わりの番茶やほうじ茶が、3ポンドもするのはどうかな。
これで、ふたりで180ポンド。4万円近く。
しかもお詫びに若干の割引の上で、私はお酒を一滴も飲んでいません。
こんな値段の食事をして、さぞ驚かれるでしょうが、
実はブルのある仕事の報酬が、お金の代わりに食事代で払われるのです。
そして彼の希望で、この店になったのでした。
待たされても、値段が高くても、
私が文句もいわずにいるのは、あくまで「自腹を切っていないから」です。
でもやはり日本料理と唄われると、いろいろ日本と比べてしまい、
やや肩すかしな感はいなめません。
でも周囲を見回すと、おそらく大半は日本に行った事がない人たちが、
初めて靴を脱ぎ、畳風のマットに座り、テンプラをつついています。
トイレに行く途中で会った男性は「美味しいよね!」と大喜びです。
これは私にとって、スペイン料理店が楽しいのと同じなのかも。
トレンディであり、高級な場所であるからこそ、
「これはお洒落なこと」と安心して試せるというのもあるのでしょう。
高いといっても、航空運賃よりは安いし、
この地域は、その程度の金額はなんともない人が客層。
旅をする気分を味わえているのかもしれないし。
でも、支払いの際に「また来てくださいね」と言ったマネジャーに、
ブルは「多分もう来ません」と言い放ったそうです。(私はトイレ!)
うう、本場の味をしめてしまった人の哀しさ。
もはやトレンディなだけでは満足できなくなってしまったか。